住まいるLab.の有志にて能登の「珠洲市」に行ってきました。
群馬支部長でもある剛工務店の生形さんの知人である「わしず設計」さんが農業支援で
珠洲に行った時に「馬緤町」で「ほぼ」セルフビルドで家を新築し「地元のみんなが戻ってこれる
希望になれば!」との想いを持ったお施主様に会ったのがキッカケらしいです。

馬緤町は震災による死傷者はでなかったものの、陸の孤島になり「自衛隊」の先行隊が到着するまでは
4日程度かかったと・・・。
それでも「自衛隊のみなさんの顔を見れた時の安堵感は・・・」とその時をフラッシュバックさせて
しまいました。
馬緤から一つ隣の町では地震後の仮設住宅建設中の「大雨によるがけ崩れ」で、仮設住宅を違う場所に建設する事に・・・
テレビで観るのと「現場」は違う。
どれが「正しい、間違い」の論争ではなく、ココが現実であると。

この写真の中央の左側に「橋桁(はしげた)」が見えますか?
ここは干潮の時だけ行ける「離れ島」だった。
それが隆起により満潮でも干潮でも行けるようになった。

この白い部分が「万年海底だった」部分です。
輪島では4m以上の隆起があったとのことですが、それは輪島だけに限った事ではなさそうです。
建物の倒壊状況はこんなモノではなかったのですが、個人宅なのでアップは控えさせいただきます。
もとい。
今回は 住まいるlab. としての「お手伝い」が目的です。
「一日だけになってしまいすが、床張り作業をする!」
がミッションです。
大工さん2名に、雑用で2名
「リビングだけは!」と作業を始めたが・・・。
「キッチンまで!脱衣室も半分まで!」
とノリノリで詰め込む。
この4人の気持ちが自ずとそうなりました。
「今の自分にできること」
それを言葉に出さずに行動で示す。そんな空気がありました。
無事、ミッションコンプリート!!
作業日の夜は4人共ぐったり。
それだけ頑張りましたからね。
泊まる場所もあえての「避難施設」を借りました。
当時の空気とは違いますが「その感覚」を少しでも体感する事は無駄にならない。
そんな「想い」です。
支援物資が届くようになると「こんな段ボールベット」が来たらしいです。
「普通」の生活では「えっ!?」ですよね。
でもコンクリートの床にゴザを敷いての布団・・・に比べればどんなに快適なんだ。
と思えます。

たくさんの方の支援により支えられている、そんな事を実感しています。
なぜに?
こんな状況なのに、こんなに強くいられるんだ。
きっと、今の僕では「超える事のできない」悲しみ、苦しみを超えたからなんだろう・・・。
「強さ」とは「優しさ」と同じ。
この経験をしたからこそ持てる「優しさ(強さ)」がある。
それを体感できたのは、やはりこの空気に触れることができたからであると。
高気密・高断熱・高耐震
自分が手掛けるようになってから、東北の6号線も車でも回らせてもらいました。
我々(住宅従事者)、僕にできる事はなんだろう・・・。
性能や数値が良ければいいのか?
間取りが良ければいいのか?
家族が集えればいいのか?
どれが欠けても成り立たない。
それが「我が家」である。
自分が信じるモノを「問い続け、成長する」それが「自分にできる」ことであり
使命であると。
この3日間で「仲間」の絆は「より」強くなり。
お手伝いにいったのに「元気をもらう」という馬緤町のみなさんに感謝です。
「より良きへ」
さぁ!
立ち止まっていられません!
もろもろ進みます!!
馬緤町のみなさんありがとうございました。
能登震災で被害にあわれた、すべての方に一日でも早い「日常」が戻る事を
お祈り申し上げます。
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