“9✕10=91”

9*1=9
9*2=18
9*3=27
9*4=36
9*5=45
9*6=54
9*7=63
9*8=72
9*9=81
9*10=91
アインシュタインの授業での「間違い」だそうです。
真意はいろいろあるそうですが・・・。

生徒から指摘されて笑われた時にこう言ったらしいです。
「私は10問のうち9問を正しく解いたが誰も褒めなかった。」
「間違った1問だけを皆が笑った」

「人は成功には気付かないが間違いにはすぐに反応して責める。」

と語ったらしいです。

きっと「反応して責める」事に真意があるのではなく、
「何もしない人以外は誰でもミスをする」だから
「失敗は成長のための大切なプロセスである。」そちらだと思います。

これがアインシュタインだからそうなった。
僕が計算ミスをしたのならば「薗田だから仕方ない」となったハズ・・・。
悲しいですが(T_T)

常に「判断」をしている人間。
明日会社に行くか?行かないか?
夕飯には何を食べるか?
トイレに「今」行くか?行かないか?
少なからず「判断ミス・間違い」を起こすのが「生きている者」の証拠
だと思っております。
意思を持っている者だからこそ「間違う」だと思います。
そしてそれを「声を出した(表現)」から指摘される。

僕なんかしょっちゅうです・・・。
妻への返事で二択を間違い・・・。
修羅場になる間違い・・・。

でも「その声を出す(成長のため)」事に意味があるのだと思います。
一歩踏み出した者にしか「成功」はない。
そう言われるのも納得です。

人の結果にチャチャを入れて自分では表にも出ずに影で文句をつける。

もちろんその人の立場というのも関係はしてくるものだとは思います。
全国的に話題になっている前橋市長の件がそうかもしれません。
それでも僕は小川市長を応援している人間です。
(あー。こういう事を書くと何か沸きそうですが・・・。)
「公人」として・・・。
「社長」として・・・。
それぞれ配慮するべき事はあると思います。
でも「間違い」を指摘はしても、ただ叩くのは好きになれない。

それはなにか違うように思えます。
この話題はやめましょう!
別にこの話題があったから今日のタイトルを決めたわけではないので!

話しを戻して・・・。

「弘法も筆の誤り」
「猿も木から落ちる」
あるように
「文字を書かない人間には字の間違いはない」
「木に登らない猿は木からは落ちない」
当たり前ですよね。
「チャレンジしないモノには成功もない」
それを「弘法大師が字を間違えた」「猿が木から落ちた」で笑うような
人間にはなりたくない。
で、成功したからといっても「誰も褒めない」そんな世界が淋しいですね。

で!
何が言いたいかと言いますと・・・。

失敗続きの僕は「成功へ近づいている!」という事を認識したいがために・・・。
本日「文字で起こした。」
という自己満足のための投稿になります。

淋しいんだ!
誰も褒めてくれないんだ!
うまくいってあたりまえなんだ!
失敗しても誰も責められないんだ!
そんなメンタルのため、本日は書いてストレス発散です。

そんな今日・・・。
四十六歳のバースデーを迎えました。

あっ!
はい!!!!
これで本日の業務が終わるので・・・。
ワンの散歩に行ってきます。

がんばれ自分!w

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